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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(う)114号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 今井清

弁護人 嘉野幸太郎

検察官 宇治宗義

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、金沢区検察庁上席検察官検事山崎金之介作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第二点について

所論は要するに、本件公訴事実は、被告人は法定の除外事由がないのに起訴状記載の日時場所において第二種原動機付自転車を運転して交差点に入るに際し、前方の道路標識の表示に注意し一時停止すべき場所ではないことを確認して運転すべき義務を怠り同所が一時停止すべき場所であることに気付かないで一時停止しなかつたものであるというのであり、結局被告人が過失によつて一時停止の標識に気付かず交差点へ進入前の一時停止をしなかつた点を問題としていることは起訴状の記載自体から明らかであるにも拘らず、原判決は被告人が本件交差点、即ち二つの道路の交わる部分である地域内で一時停止した旨を認定したにとどまり、起訴事実たる該交差点の地域に入る以前にその手前で一時停止したか否かについて何らの判断をしなかつたのは、明らかに審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるというのである。

なるほど、原判決は被告人が本件交差点において一時停止した事実を証拠により確定したにとどまり、該交差点に入る以前にその手前で一時停止したか否かの点について何ら判示していないことは所論指摘のとおりであるけれども、原判決の趣旨とするところは、結局被告人が起訴状記載の日時に本件交差点において一時停止し安全を確かめたことにより道路交通法第四十三条所定の義務を果したものと認め、被告人に何らの刑責がないと判断したものであることが明らかであるから、同法条の解釈適用に関する当否の点は暫く措き、少なくとも、同法条所定の一時停止義務に過失によつて違反した事実を内容とする本件公訴事実に対し審判したものというに何ら妨げなく、従つて原判決には所論の如く審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法は存しないものといわなければならない。それ故論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

所論は要するに、原判決が「証拠により確定される事実」として判示した「被告人は第二種原動機付自転車を運転して起訴状記載の日時に本件交差点において一時停止したものである」との説示が道路交通法第四十三条に規定した「交差点に入ろうとする車両等」の交差点手前での一時停止を認定した趣旨であるとするならば、前掲「証拠により確定される事実」欄に挙示の証拠にその余の証拠を総合しても本件交差点手前での一時停止の事実を認めることはできないのであるから、結局原判決は「交差点内での一時停止の事実」を裏付ける証拠をもつて漫然「交差点手前での一時停止の事実」を認定したか、または、交差点に入ろうとする車両等の「交差点手前での一時停止の事実」を認定するにあたり判決に理由を付さなかつたかのいずれかであつて、理由不備ないし理由のくいちがいの違法を冒したものであるというのである。なるほど、原判決は被告人が第二種原動機付自転車を運転して原判示日時に本件交差点において一時停止し安全を確かめたものであるとの事実を認定したうえ、被告人には何らの刑責がないとして刑事訴訟法第三百三十六条前段に則り被告人に対し無罪の言渡をなすべき旨を説示していることは原判文上明らかであり、従つて、本件交差点における一時停止の事実をもつて直ちに、原判示の如く道路交通法第四十三条所定の一時停止義務を果したものと認め被告人に刑責なしと断定することができるか否かは別に検討の余地があるにしても、ともかくも、無罪判決の理由としては刑事訴訟法第三百三十五条のような規定はなく、同法第三百三十六条に従い罪とならないものとして無罪とするか、又は犯罪の証明がないものとして無罪とするかを示せば足るものと解すべきであるから、原判決の無罪理由は同法条所定の要件を十分に具備しているものというべく、原判決に所論の如き違法があるものということはできない。それ故論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について。

所論は要するに、原判決は被告人が本件交差点の直前においては一時停止をしなかつたが、そのほぼ中心部まで進出して一時停止し、そこで安全確認の措置を講じたのであるから道路交通法第四十三条の規定する交差点における一時停止の義務を果したものであつて刑責がないと判断して被告人に無罪を言い渡したとすれば、右は明らかに同法条の解釈適用を誤つたものというべきであり、もともと同法条の法意は、交差点に入ろうとする車両等に対しあらかじめ一時停止すべきことを義務ずけたものと解すべきであつて、交差点たる区域に入ろうとするときは、その手前少なくとも直前で停止すべきことを要求しているものであることは殆ど疑問の余地はないというのである。

よつて考察するに、原判決は被告人が第二種原動機付自転車を運転して原判示日時に本件交差点において一時停止し安全を確かめたのであるから被告人には何らの刑責はないものとして被告人に対し無罪の言渡をなすべき旨を説示していることは所論指摘のとおりである。そして、右判文の措辞はやや正確を欠く嫌がないではないけれども、これを本件現場並びに証拠に現われた具体的事実関係にてらしてみると、原判決の趣旨とするところは、結局石川郡松任町中心部から国鉄北陸本線松任駅方面に向う道路が国道八号線道路と相交わつてつくる四辺形の広がり、即ち本件の交差点のほぼ中心部(原審検証調書及び当審受命裁判官の検証調書添付見取図参照)において被告人が一時停止して安全を確認した以上、該交差点の手前で一時停止を行わなくとも、道路交通法第四十三条所定の義務を果したものとして被告人には何らの刑責はないと判断して被告人に無罪を言い渡したものと解することができのである。そこで、道路交道法第四十三条の指定場所における一時停止をなすべき地点について検討してみると、同法条の立法趣旨が同法第一条に規定する道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る目的にでたものであることは言を俟たないところであり、とくに、同法第四十三条は交差点に入ろうとする車両等に対し公安委員会が指定した場所において一時停止をなすべき義務を定めたものであるから、車両等の一時停止は交差点の手前、少なくともその直前においてなすべきものと解するのが前記立法趣旨にてらし相当であり、さればこそ、一時停止の規制標識についても道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三十五年十二月十七日総理府、建設省令第三号)第二条の別表第一により「車両及び路面電車を一時停止させる交差点の手前の左側の路端」にその前方から見やすいように設置すべき旨(道路交通法第九条第二項同法施行令第七条第二項参照)を義務ずけているのである。もつとも、かように解すると、前記道路標識の設置場所が当該交差点並びに附近の地形的状況により必ずしも左右の見通し等により他の交通の安全を確認しうる地点と合致しない場合の生ずることは容易に考えられるところであり、通常の場合には交差点の直前であつて左右の見通しが可能な地点で一時停止すべきものと解して何ら差支ないけれども、交差点に幾分進入しなければ左右の見通しができない地形の場合には、道路標識が交差点の手前にあつても、なお見通しの可能な地点で一時停止をなすべきかは議論の余地はあろうが、本条による指定が単なる危険防止の措置にとどまらず、幹線道路に対する優先通行権の保護の確保という意味をも有することを考え併せると、通常の場合と同様、交差点の直前において一時停止すべきものと解するのが相当である。以上要するに、道路交通法第四十三条の指定場所における一時停止は当該交差点の直前においてなすべきものと解するのが相当であり、原判示の如く本件交差点内に一旦進入したのち、同所において一時停止して安全を確認したとしても、そのために交差点の直前において尽すべかりし一時停止の義務を免れることはできない筋合であるから、これと異なる見解にたつて被告人に刑責はないものと判断した原判決には道路交通法第四十三条の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから結局論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十六年二月二十五日午後一時十分頃石川県公安委員会が道路標識によつて一時停止すべき場所と指定した石川県石川郡松任町古城町五十九番地の一先道路において第二種原動機付自転車を運転して交差点に入るに際し、前方の道路標識の表示に注意し一時停止すべき場所ではないことを確認して運転すべき義務を怠り同所で右一時停止すべき場所であることに気付かないで一時停止しなかつたものである。

(証拠の標目)

一、原審第一回公判調書中被告人の供述記載

一、被告人の当審公判廷における供述

一、被告人の司法巡査に対する供述調書

一、原裁判所の証人北山一仁、同西川賢造に対する各尋問調書

一、原裁判所の検証調書

一、当審受命裁判官の検証調書

一、松任警察署長より金沢区検察庁検察官宛の「告示の写等送付について」と題する書類綴

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法第四十三条第九条第二項第百二十条第二項第一項第三号同法施行令第七条に該当するからその所定罰金額の範囲内で被告人を罰金二千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山田義盛 判事 堀端弘士 判事 内藤丈夫)

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